瀬谷ジョン #1
日本財団スカラーシップ23期生として、日本での生活が始まりました。国を出て、また別の世界に入る。そんな新鮮な感覚の中で、到着してからの日々に感じた正直な思いを伝えたいと思います。
日本に来る前、私の中の日本のイメージは完璧な国でした。ブラジルの悪いところを全て取り払ったような場所だと想像していたのです。しかし、実際に東京の街に立ってみると、最初の感覚は「想像以上にサンパウロにかなり似ている」という驚きでした。
もちろん、日本はものすごく綺麗な国です。自然や人が美しいだけでなく、街の道にゴミ一つ落ちていないこと、電車だけでどこにでもいけることは本当に素晴らしいと感じます。ですが、その綺麗さや便利さの裏には、予想外の壁があります。それは、驚くほど多い紙作業と手続きの長さです。 外国人が銀行口座や電話番号を申し込み、住民票登録を行うのは非常に難しく、どんな申し込みでも完了までに3日間から3週間ほどかかります(お断りのメールをもらう可能性すらあります)。ブラジルであれば、CPF(マイナンバーのような国民番号)さえあれば1日に口座を10個でも作れますし、SIMカードは街のドラッグストアで簡単に買えます。SIMもネットも口座もない状態が続く中で、その不便さに対し、いっそ日本のために新しい登録システムを自分で開発したくなったほどです。
しかし、このネットがないという極端な不便さは、私にとても重要な気づきを与えてくれました。それは無知は弱さであるということです。
ブラジルにいた頃、私は助ける側であり頼られる側でした。たとえネットやスマホがなくても、自分の知識だけでどこへでも行けました。しかし、今の私は言葉こそわかるものの、環境が全くの未知です。情報が一切ない状態の自分が、いかに無力で弱い存在であるかを感じました。
現代は、スマホとインターネットがあれば何でもできる世界です。情報がすぐに手に入る分、それは儚いものになっているのかもしれません。しかし、ネットに繋がらずスマホがただの時計になってしまった私にとって、情報はまさにこの世の宝物でした。 スマホで検索できないからこそ、人に「スーパーはあっちだよ」と方向を教えてもらった時、とんでもない嬉しさを感じました。情報が「0」から「1」になる瞬間には、とてつもない大きさがあります。知るということがなければ何も生まれませんが、その1さえあれば、人は頼らずに自分でできるようになっていくのです。
マップが使えない私は、しょうがなく自分の足と感覚だけを頼りにうろうろと歩き回るしかありませんでした。そうして街をさまよった結果、練馬区にあるたくさんの美味しいレストランや、賑やか商店街、ブラジルコーヒーの売っている珈琲屋さん、駅の場所を自分の力で見つけ出すことができました。
面白いことに、ブラジルに住んでいた時はブラジルの文句ばかり言っていたのに、日本へ来てからは日本の文句ばかり言っている自分がいます。おそらく私という人間は、どこに行っても決して満足はしないのでしょう。でも、環境が変わっても結局何かしらの文句を言ってしまう自分の変わらなさに気づいて、思わず笑ってしまいました。本当に、人間とはそういうものですね。でも、そんな自分の人間らしさに気づいたことで、逆に日本という国にすごく親しみを感じるようになりました。
すべてが新しく、未知の環境でのスタート。自分の弱さを知る経験でもありましたが、自分の足で見つけた街の景色や、0から1になる瞬間の喜びは、何にも代えがたいものです。これから始まる新規生としての生活でも、この感覚を忘れずに、たくさんの1を見つけ出していきたいと思います。
瀬谷 ジョン(セタニ ジョン)






